情報処理学会 量子ソフトウェア研究会
発足記念講演会 「量子ソフトウェアとは何か?」 日時: 2020年10月15日 10:00-17:45 場所: オンライン開催
量子情報技術は21世紀を牽引する学問領域になるといわれています。量子コンピュータ、量子通信、量子センサ等を包含し、これまでは主として物理学の一分野として発展してきましたが、実用化を加速するためには、広い分野の研究者が結集すべきことが求められています。特にソフトウェアの研究開発の充実が急務といわれており、ここに本学会の貢献しうる こと が大であると信じ、今年度、量子ソフトウェア研究会を発足するに至りました。 現時点で、「量子ソフトウェア」という分野が確立しているわけではありません。したがって、「量子ソフトウェアとは何か?」に答えはありません。むしろ、その形成に貢献しようというのが当研究会の本意であり、その際、特にコンピュータサイエンスの諸分野の蓄積を最大限に活用していくことが本務であると考えます。その過程で、逆に、「量子ソフトウェア」が既存のコンピュータサイエンスの諸分野に影響を与え、それらをさらに豊かなものにしていくこともあるはずです。 この発足記念講演会では、できるだけ多くのテーマを取り上げ、「量子ソフトウェア」にどのような研究テーマが存在するかについての示唆を与えることができたらと考えています。
アジェンダ
時間
タイトル
講演者
10:00-10:05
開会の辞
今井 浩 (東京大学)
10:05-10:45
量子コンピューターソフトウェア
藤井 啓祐 (大阪大学)
10:45-11:25
量子ソフトウェアの広がり
今井 浩 (東京大学)
11:25-12:05
量子計算機と暗号
國廣 昇 (筑波大学)
休憩
13:00-13:40
量子コンピュータ ハードウェアアーキテクチャ(超伝導素子)の検討
田渕 豊 (東京大学)
13:40-14:20
誤り耐性量子計算の実現に向けたソフトウェアの設計と開発
鈴木 泰成 (日本電信電話株式会社)
14:20-15:00
量子アニーリング等イジングマシンの現状と 課題、 今後の展望
田中 宗 (慶應義塾大学)
休憩
15:20-16:00
量子通信システム
永山 翔太 (株式会社メルカリ)
16:00-16:40
アドバンスト理科―量子技術と量子コンピュータ―
野口 篤史 (東京大学)
16:40-17:10
化学分野向けの 量子コンピュータの アルゴリズム・アプリケーション開発
楊 天任 (株式会社QunaSys)
17:10-17:40
金融分野向けの 量子アルゴリズムと 量子アプリケーション
Rudy Raymond (日本アイ・ビー・エム株式会社)
17:40-17:45
閉会の辞
小野寺 民也 (日本アイ・ビー・エム株式会社)
10:05-10:45 量子コンピューターソフトウェア 藤井 啓祐 大阪大学 ここ数年、量子コンピュータの実機の研究開発が進み、実際に数十量子ビット規模の量子コンピュータが利用できるような時代になりつつある。そのような背景で、これまで理論上は可能という形で先送りされてきたソフトウェア領域の課題が浮きぼりになりつつある。本講演では量子コンピュータの現状を紹介し、短期的および長期的な視点から量子コンピュータの発展において必要となる、もしくはボトルネックとなっているソフトウェア技術について紹介したい。 略歴: 2011年3月京都大学大学院工学研究科 博士課程終了。博士(工学)。 2011年4月から2013年3月まで、大阪大学大学院基礎工学研究科 特別研究員。 2013年4月から2016年3月まで、京都大学白眉センター特定助教。 2016年4月から2017年9月まで、東京大学光量子科学研究センター助教。 2017年10月から2019年3月まで、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻、特定准教授。 2019年4月から、大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻、教授。量子情報・量子生命研究センター副センター長。 JSTさきがけ研究員、情報処理推進機構(IPA)未踏ターゲット事業プログラムマネージャーを兼任。量子コンピュータのソフトウェアベンチャー、株式会社QunaSys、最高技術顧問。
10:45-11:25 量子ソフトウェアの広がり 今井 浩東京大学 現代のコンピュータシステムの基礎がハードウェアとソフトウェアであるように、量子コンピュータにおいても量子デバイスの研究から情報処理デバイスへと展開するハードウェア研究と、それを動作させ実社会に展開するソフトウェア研究が両輪となる。この観点から、量子ソフトウェアの広がりと将来展開について述べる。半世紀以上前のデジタルコンピュータ開発のころの黎明期にもつながる、量子コンピュータ研究開発のわくわく感を伝え、情報処理学会がこれまでカバーしてきた情報処理・計算・通信の理論・技術が量子コンピュータにおいてもなお一層重要となることに伝えたい。略歴 : 1981年3月 東京大学工学部計数工学科卒業 1986年3月 東京大学大学院工学系研究科情報工学専門課程博士課程修了,工学博士 職歴 1986 年(昭和61 年) 4 月九州大学工学部情報工学科助教授 1990 年(平成2 年) 4 月東京大学理学部情報科学科助教授 2001 年(平成13 年) 4 月東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻教授、現在に至る 2000年10月より2011年3月まで、JST ERATO今井量子計算機構プロジェクト、ERATO-SORST量子情報システムアーキテクチャプロジェクト総括
11:25-12:05 量子計算機と暗号 國廣 昇 筑波大学 Shorのアルゴリズムの提案以降,量子計算機と暗号は,常に切っても切れない関係にある.素因数分解や(楕円)離散対数問題などの現代暗号の安全性の根拠となる問題は,Shorのアルゴリズムにより量子多項式時間で解くことが可能である.そのため,将来,大規模な量子計算機が実現すれば,公開鍵暗号の多くは解読されることになり,その社会的インパクトが大きい.その一方で,素因数分解は,量子計算機によるスピードアップが実現している数少ない非人工的な問題であり,純粋にコンピュータ科学の側面からも,興味深い.本講演では,量子計算機と暗号の関係について説明するとともに,今後の研究・開発の進展に対する期待を述べる. 略歴:1996年東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻修士課程修了,同年日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所 2001年,東京大学より博士(工学)を授与 2002年電気通信大学講師 2008年東京大学准教授 2019年筑波大学システム情報系教授.暗号理論,特に,現代暗号の安全性評価に関して研究を行っている. 現在,CRYPTREC暗号技術評価委員会委員,暗号技術調査WG(暗号解析評価)主査,量子コンピュータ時代に向けた暗号の在り方検討タスクフォース構成員を兼任.情報処理学会量子ソフトウェア研究会幹事.
13:00-13:40 量子コンピュータ ハードウェアアーキテクチャ(超伝導素子)の検討 田渕 豊 東京大学 超伝導素子を用いた量子コンピュータのハードウェアの研究が近年盛んに研究されている。数百万電荷×数百ミリボルトという電気エネルギーを用いて情報のゼロ イチを表現する従来の半導体素子に対し、超伝導回路上の単一電荷×数十マイクロボルトという極めて小さなエネルギー励起が量子情報のゼロイチを表現する。 論理ゲートは従来計算機のようにトランジスタを組み合わせた回路によって構成されず、電圧電流の変化などによる「操作」により実現される。これらの操作は ソフトウェアにおける処理記述により実装される一方で、量子ゲートを実装する物理モデルや数理モデルの単なる記述にすぎない。この操作を実装するために用いられる制御装置規模や消費電力、冷凍機内の配線は莫大であり、量子コンピュータの大規模化を阻んでいる。本講演では従来半導体素子と量子力学的な素子の 実装の差異あらためて確認し、物理環境制約下における量子ゲートのハードウェア実装、すなわち量子ゲートのオフロード化の可能性について議論する。 略歴: 2012年9月大阪大学基礎工学研究科 博士課程修了 博士(工学)
2012年9月から2015年3月 東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員
2015年4月から2017年3月 日本学術振興会 特別研究員 2017年4月から東京大学先端科学技術研究センター 助教。
13:00-13:40 誤り耐性量子計算の実現に向けたソフトウェアの設計と開発 鈴木 泰成 日本電信電話株式会社 量子計算機を誤りを抑制しつつ拡張する有望な手法の一つに、量子状態を符号化したまま計算を行う誤り耐性量子計算(FTQC)がある。FTQCは計算機の冗長化により誤り率を小さくすることが出来るが、その代償として周辺装置で高速な量子制御を行うためのソフトウェアが必要となる。 このトークではまず、FTQCが現代の計算機に比して有用になるために必要な規模と速度を評価し、その実現に必要な周辺装置で駆動するソフトウェアの要求性能を評価する。次に、この要求性能を実現または緩和するために行われているソフトウェアの研究について紹介し今後の展望を述べる。 略歴: 2018年3月 東京大学工学系研究科 博士課程修了 博士(工学) 2018年4月から NTTセキュアプラットフォーム研究所に勤務 2019年10月よりJSTさきがけ研究員を兼任。
14:20-15:00
量子アニーリング等イジングマシンの現状と課題、今後の展望
田中 宗
慶應義塾大学
組合せ最適化問題に対する高効率解法専用機として期待されている量子アニーリングマシンや類似の計算技術であるイジングマシンの理論ならびにハードウェア開発、ソフトウェア開発、アプリケーション探索の現状と課題について概観する。また量子アニーリング等イジングマシン分野の今後の展望について私見を交えながら紹介する。
略歴:2008年に東京大学大学院理学系研究科物理学専攻にて博士(理学)取得。その後、東京大学物性研究所特任研究員、近畿大学量子コンピュータ研究センター博士研究員、日本学術振興会特別研究員として 東京大学理学系研究科化学専攻 に所属、京都大学基礎物理学研究所基研特任助教(湯川フェロー)、早稲田大学高等研究所助教、准教授(任期付)、科学技術振興機構さきがけ研究者、早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構主任研究員(研究院准教授)を経て現職。早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構客員主任研究員(研究院客員准教授)、情報処理推進機構未踏ターゲット事業プロジェクトマネージャー、モバイルコンピューティング推進コンソーシアム顧問、量子ICTフォーラム量子コンピュータ技術推進委員会幹事、情報処理学会量子ソフトウェア研究会幹事を兼任。
15:20-16:00量子通信システム 永山 翔太 株式会社メルカリ 量子情報の汎用通信網である量子インターネットと、暗号専用通信網である量子暗号ネットワークについて概説する。量子通信はこれまで物理学の一分野として発展してきた。システムやプロトコル構築など、ソフトウェア技術者・研究者が本領とする領域の研究開発はまさに今本格化し始めたところである。本講演では、特にソフトウェアの専門家が楽しめるポイントに重点をおいて、私見を交えながら紹介する。 略歴: 専門は量子インターネット。特に、量子エラー訂正符号および量子 インターネット アーキテクチャ ・通信プロトコル 。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科サイバーインフォマティクス 専攻在学中には インターネットの研究室で量子情報に取り組 み、2017年に 博士(政策・メディア) を取得 。 在学中に、 日本学術振興会特別研究員、慶應義塾大学環境情報学部非常勤講師、WIDEプロジェクト量子計算ワーキンググループCo-chair。博士号取得後、エトヴェシュ・ロラーンド大学ニューラル情報処理グループ で 客員研究員 として 機械学習に取り組んだのち、2018年4月より現職。現職中に2018年度未踏ターゲット事業(ゲート式量子コンピュータ部門)に採択され「分散量子計算プラットフォーム」プロジェクトを実施。現在、量子インターネットタスクフォースファウンダー兼ボードメンバー兼代表、 内閣官房 内閣サイバーセキュリティセンター研究・産学官連携戦略ワーキンググループ委員、情報処理学会量子ソフトウェア研究会運営委員を兼任。
16:00-16:40
アドバンスト理科―量子技術と量子コンピュータ―
野口篤史
東京大学
近年、超伝導量子回路やイオントラップなどの技術などを中心にして,NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)と呼ばれる量子コンピュータに関する研究が盛んにおこなわれている。NISQでは、量子化学計算や最適化計算などを通じて物理・化学や材料探索といった自然科学のみならず金融分野における応用にも興味が持たれている。しかし一方で、量子コンピュータなどの量子技術は、その背景となる量子力学やその動作を直感的に理解することが難しいことが指摘できる.そのために,いわゆる「Q native」(量子ネイティブ)という量子力学の性質を肌で感じ,理解することができる人材の教育が重要になる. その実現の最初の一歩として、私はIBM Qを用いることで量子力学の導入を狙った授業を東京大学の1・2年生を対象におこなっている。授業では基礎的な線形代数から入り、パウリ行列などの代数的な量子力学の導入をする。さらに代表的なグローバー探索アルゴリズムやショアの素因数分解アルゴリズムや、またVQEなどのNISQアルゴリズムも交えながら量子コンピュータのプログラムの実習をおこなっている。
このように「身近」に量子コンピュータに触ることができる環境を提供することで、将来物理を専門にする学生だけではなく、生命や情報などを志望する学生にも量子の世界の入り口に立ってもらうことができたと考える。発表では、これら授業の内容や学生のレポート課題を例にとり量子教育に関して述べる。
略歴:
2009年 東京工業大学理学部物理学科 卒業
2011年 東京工業大学大学院理工学研究科 物性物理学専攻 博士前期課程 修了
2013年 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻博士後期課程 修了 (博士(理学)取得)
2013-2014年 学振特別研究員(PD)
2014-2015年 東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員
2015年 学振特別研究員(PD)
2015-2018年 東京大学先端科学技術研究センター 特任助教
2016-2020年 JST さきがけ 研究員(兼任)
2019- 東京大学総合文化研究科先進科学研究機構 准教授
2020- 稲盛科学研究機構(Inaris) フェローシッププログラム フェロー
16:40-17:10化学分野向けの量子コンピュータのアルゴリズム・アプリケーション開発 楊 天任 株式会社QunaSys 量子超越が達成された今、次のマイルストーンとして、実用的な問題でスーパーコンピュータを凌駕する「量子加速」の達成に向けての研究開発が進んでいる。 その中でも、最初に実用化する、すなわち、量子加速を達成するアプリケーションは量子化学計算と考えられている。量子力学に基づいて動く量子コンピュータでは、量子的な問題を扱うのが得意であり、その代表的な問題として量子化学計算が挙げられる。この講演では量子コンピュータで期待されるアプリケーションとその基礎となるアルゴリズムを俯瞰し、近年開発された量子コンピュータで行う量子化学計算を中心に、アルゴリズム・ソフトウェア開発の最前線をQunaSysの取り組みを交えて掘り下げる。略歴: 2016年に東京大学工学部機械情報工学科を卒業し、同大学院の情報理工学系研究科知能機械情報学専攻に進学し、現在休学中。学生時代には、ロボットアームの機械学習による制御とゲームを行う強化学習エージェントについての研究を行っていた。2018年2月に株式会社QunaSysを設立し、量子コンピュータの用途を広げるアルゴリズム研究を行いながら、量子コンピュータを利用するためのソフトウェア開発に取り組んでいる。
17:10-17:40 金融分野 向けの量子アルゴリズムと量子アプリケーション Rudy Raymond 日本アイ・ビー・エム株式会社 IBM Quantumの研究活動事例の紹介を通じて金融分野における量子コンピューターの応用,最新技術,および適用可能性を概説する.金融分野に重要なシミュレーションと最適化と機械学習の問題に対する従来アルゴリズムとそれに対応する量子アルゴリズムの概要を紹介するとともに,IBM Qデバイスで小規模なデモを実行しながら量子アルゴリズムの優位性を紹介し,技術的な課題と将来の展望を述べる. 略歴 : 日本IBM東京基礎研究所の研究員とIBM Q Hubである慶應大学量子コンピューティングセンターのプロジェクト研究員.IBM Q Hubの金融と材料メーカー企業メンバーの研究員と共に量子コンピューターの基礎と応用に関する研究活動に従事し,直近の量子コンピューティングに適した金融と人工知能分野に適用できる量子アルゴリズムに関する研究に専念.また,2020年から欧米の大手金融機関との共同プロジェクトのテクニカルリードに任命.その他,量子コンピューティングとAIにおける学術活動も多数.AIの国際学会(ICDE, ICML, NeurIPS, AAAI, IJCAI, ASPDAC, QTML)のPCメンバーに勤めるほか,東京大学と慶應大学の非常勤講師に 兼任 .